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・女性向け二次創作サイト・「フルメタル・パニック!」宗介×かなめを取り扱っております・二次創作物、ノーマルカップリングの苦手な方、15才未満の方、荒らしさんはご遠慮下さい
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 艱難辛苦を乗り越えて、花瓶もカーテンもはねのけて


 連日降り続いているせいだろうか、電車を降りてホームに立つと思ったより肌寒かった。手首を返して彼女の年齢にしてはいささか大人っぽいデザインの腕時計をちらりと見た千鳥かなめは、ざっと帰宅後の予定を立てる。
 まず着替えてからお茶を入れて、それからおやつと同時に楽しみにしていた時代劇の再放送を鑑賞。このペースで歩けばじゅうぶん間に合うはず。
 ご飯は――と彼女はななめ後ろを歩いている彼女の護衛を意識する。彼がもし要ると言えば具だくさんの炒飯にすればよし、そうでなければ余った分は後日のために冷凍。そんなところか。
 べつにそうしなきゃいけない訳じゃないけど、学級委員としては何かと騒動を起こしがちなクラスメートと周囲との摩擦は…無くせないにしてもできるだけ円満に収まる範囲にとどめておくのが望ましいし、そもそも彼が自分のクラスメートをやっている理由は「自分の護衛」が目的である以上、多少めんどうでも自分自身がまったく何もしないというのも無責任だと思うし。
 そのためには、周囲とも彼当人とも可能な限りこまめなコミュニケーションを取っておく方がいい。そう長くもない今までの人生で、手痛い教訓とともに学んだことなのだから活かさなければ損だし。…ソースケには着替えがすんでから家に入ってもらった方がいいかも。
 と、誰にともなく心の中で言い訳しながらいそいそした足取りで自宅のあるメゾンKのエレベーターホールまで向かったかなめを待っていたのは、水道会社のバンと彼女と同じく帰宅して自宅前で足止めをくっている人々の集団だった。
「ちょ、ちょっとどういうこと?入れない?なんで!?」
 集団の外周を回り、隙間を見つけて管理会社職員の声の届くところに移動しようとする彼女をかなめの護衛兼陣代高校のトラブルメーカーである相良宗介が引き止める。制服下のホルスターに収めた銃に手をかけ油断無く周囲を見回している様子が、見慣れない者からするとなんか怪しい人にしか見えないということが、あいかわらず彼にはさっぱり理解できていないらしい。
「不特定多数の集団の中は危険だ、千鳥」
「あいにく全員ご近所さんよ!」
「だが、彼らの中に家族を誘拐され脅迫を受けている者や買収されている者がいないとも限らんぞ」
「たとえそうだとしても、何でみんなあたしの知ってる人なのよ!すぐバレるじゃないの…」
 あれ?全員知ってる。あのおじさんもあの子もあのお姉さんも学校の行き帰りなんかで見かけた程度だけど…何で?
 という彼女の抱いた疑問の答えはすぐに出た。みな同じ階の住民なのである。背後で動くエレベーターは上の階や下の階へはつつがなく乗員を運んでいるようで、彼女の住む階にエレベーターが停まったときだけ不機嫌そうな顔をした住民がエントランスまで引き返してくるのだ。
「ちょっと!まさかうちが原因なんじゃないでしょうね!?」
 かなめは取りあえず自分の護衛である現役傭兵の襟首をつかまえて自分の目線まで引き下ろし、険悪な眼差しでにらみ据える。彼女の護衛のためと称して自宅内外から登下校時、校内に至るまで彼のやらかした迷惑行為は数知れず、彼女の疑惑もしょうがないといえばしょうがない。
「あたし今から大江戸捜査線の再放送見なきゃいけないのよ?それをあんたはっ!」
「ま、待て千鳥」
 誤解だ、と呻く宗介の詰め襟の根本をつかんで揺さぶる彼女の背後から、
 ばしゃあ。
 と、吹き出た水道水がまっすぐに彼らを直撃した。

「…つまり、うちの階の水道管がおかしいから一時的に閉鎖して調べてた、ってわけなんですね?」
 濡れ鼠のかなめはげんなりと管理会社の社員に詳しい事情を聞く。
 水道会社の手違いでチェック・調整用の管から吹き出した水は、不幸中の幸いと言うべきか激しくもめる高校生男女に恐れをなした他の住民が彼らの周囲から退避していたため、彼女しか襲わなかった。かなめはびしょ濡れになったが、立っていた位置のせいで宗介はわずかに水しぶきを浴びた程度である。
「すみません、あともう少しお待ちいただけますと助かります。後ほどクリーニング代も請求してくださって結構ですんで…」
「…はあ…」
 借り物のタオルを肩にかけたかなめは、ますます濡れそぼった肩を落とした。それでは再放送に間に合わない。見回したところで、遠巻きの集団の中にタオルや着替えを借りられて、尚かつ再放送を見せてもらえそうな心当たりなどまるでない。
 数年前に母が亡くなり父も年の離れた妹も同居していない現在、むしろクラスメートである常磐恭子の母親の方が親しいほど自分の近所づきあいは貧相なものになってしまっている。角部屋で隣家が一件であることや、わりに防音がしっかりしていることがいっそありがたいような「事情」もあるのが裏目に出まくったといえよう。
 こういうときに、もしかしたら声をかけてくれそうなおばちゃん層がいないのは今が買い物に最適な時間帯だからだろうか。恨むべきは最寄りスーパーのタイムセールなのか。もともとどちらかというと、この気取ったマンション内には少ない人種ではあるにせよ。
 こんなことならあたしも買い出しに行っとけばよかった、いやいややはり残り物を片づけてからでないと。せっかく何でも食べる、好き嫌いがないというか味覚が麻痺してるせいで他には出せないような実験スレスレのチャンポン料理でもクソ真面目にきっちり胃袋に収める人手がいるというのに。
 あー…でもこれじゃどっちみちすぐごはん作れないじゃん。どうしよう今晩のカレー丼風エスニック系炒飯イカフライのせ。って、今はそれどころではなく。
 ため息の途中で小さくくしゃみをして細い肩をふるわせたかなめを見て、むう、と考え込んだ宗介が何事か言おうと口を開きかけた時、かなめがうつむいたままぼそり、と尋ねた。
「ソースケんちってテレビあったわよね?」
「肯定だ。映像記録媒体や日本国内のニュースを視聴するのに使っている」
「そう。じゃあ行きましょうか」
「ち、千鳥?」
「あたし、あんたとあそこに立ってなきゃ濡れずに済んだのよねえ?」
 水の盾にもならなかった護衛とやらを上目づかいににらみ付けて拳を握りしめた彼女は、すらりと伸びたももにまとわりつくスカートの感触に苛立ちつつも、向かいの建物に向かってずかずかと歩きだした。
 彼女に付き従う番犬のような彼は、番犬にしてはいささか剣呑な眼差しで周囲の視線を払いのけると、薄く下着の線の透けてしまっている夏制服のすそから水を滴らせた彼の護衛対象の背を守るように後を追う。
 黙ったまま上がり込むのに抵抗があるだけで特に言葉の意味など考えず「お邪魔します」とぶすくれた声で述べたかなめは、何やらごそごそと扉周辺をチェックしている宗介について玄関に入った。既に靴の中まで濡れているようだが敢えて考えないで靴下を脱ぐ。重要なのは再放送だ。ハプニングで手間取ってしまったから放映時間ギリギリだろう。
「テレビ借りるわよ」 
「了解」
 白い半袖をべったりと肌に貼り付かせたかなめがリモコンを片手にキーをいじる。幸いすぐに目当てのチャンネルは見つかったようで、肩に湿ったタオルをかけたきりの彼女はその場に座り込んで画面に見入った。わきに置いた鞄からも水滴はつたい落ちているが、今は番組に集中したいらしく見向きもしない。
 同じ隊の仲間であれば、それが何かとかまってくるうっとおしい金髪の同僚であっても自分でどうにかするだろうと気にもとめないし、彼女本人から要請されてもいないのだから余計な事は控えた方がいいのではないかと思いながらも、彼はかなめの細いうなじに絡む黒髪の筋を見つめる。  
 現在の気温は自分にとって問題などない。彼女とて見るからにガタガタ震えているわけでもない。だが何となく、このままではいけない気もする。
 何より、いざという時であるにもかかわらず彼女を庇う事ができなかった。殺気も存在せず予想外の事故であり、さらに無害な水道水であったとしても護衛の自分が一歩も動けなかったというのは、任務上あまりにも信用にかかわる事態ではないのか。既に学校生活その他において、それ以上の事をやらかしてはいるようだが。
 そしてどういう訳か人畜無害な水をコップ一杯かぶるだけでも、彼女の周辺では被弾したかのごとき大事故扱いであることが多く、遺憾ではあるが自分はそういった事態を防げない事例が多い。
 沼地や川でもなく、重要な精密機器のそばでもない都市内部においての毒物や薬品でないただの水分、しかも飲用にすら適する少量の水を、溺死させるためにヘルメットに満たすわけでもなく窒息させるためにタオルに染みこませるでもなく危険物たらしめる事態など、自分には想像もつかない。
 にもかかわらず、なぜか住民の好奇の視線が何か彼女を見えない刃で傷つけているようにも、ただ濡れただけで罪などないはずの彼女が、どこか当たり前のように咎めを受けているようにも感じられてしょうがない。
 お気に入りのテレビ番組に夢中の彼女はどちらかというと楽しげで不愉快そうでもなかったが、きめの細かい色白の肌は常に見かけるより血色にとぼしい。
 なんであれ、不要な体温低下は体調のためには好ましくないはずだ。
 逡巡した末、宗介は湯を沸かしてコーヒーを入れて彼女の背をうかがった。街中では見かけない奇妙ななりをした人物らの駆け回る番組はちょうど幕間に入ったようで、画面に見入っていたかなめの肩の力が少し抜けたのが見て取れて、何故か彼もほっとする。
「飲め、千鳥」
「へ?…あ、あり、がと」
 湯気の立つアルミの簡素なマグカップを突き出されたかなめが、びっくりしたように彼を見上げ「これ、コーヒー?」と尋ねた。
「ああ」
「よく飲むの?」
「いや。来客用だ」
「そうなんだ」
 焦げ茶色の大きな瞳に見つめられて急に居心地の悪くなった彼は、かなめにカップを手渡して「他に何か要るものはないか」と、はっきりはしているが抑揚のない声で尋ねた。
「あー、…うん」
 テレビを見たらすぐに帰るつもりでいた彼女は、そういやこの格好のまま帰るとちょっと恥ずかしいかも、ということに思い当たったが、タオルで目立つところを拭いてしまえば大した距離でも無いし、と首にかけていた工務店の名入りの薄いタオルをさわってみる。すでに濡れ髪に含まれていた水気を吸ったそれはじっとりとしており、目的を達する程の吸湿力は無さそうだ。
「えーと、タオル貸してもらえる?」
「了解した」
 差し出された薄手のタオルは野戦服と同じような濃いオリーブグリーンで、こういう色って男の子向けだからなのかなと思ったかなめは、礼と共に「なんか珍しい色のタオルよね」と述べた。
「うむ。敵から見つかりにくいと懇意にしている業者から聞いたのでな、何枚か入手したうちの一枚だ。日本の自衛隊でもこの色のものが採用されているらしい」
「そ、そーなんだ…」
「一枚で足りるのか?まだあるぞ」
「あー…あと二枚くらいあると嬉しいかも」
 抹茶を拭いた雑巾みたいな色ねーなんて言わないでよかった、と無表情ながらも得意げにタオルを差し出す宗介から一般家庭ではあまり用のなさそうな色の物体を受け取って、再び礼を述べたかなめは窓の下を見やる。
 工務店のつなぎを着た作業員が数名、せわしなく目下の階をうろついているということは、まだ工事は終わらないらしい。
 それにしてもうちの階、ソースケんちからほんとに丸見えって、どーなの。まあ入り口側だけどさー…。
 まさしく千鳥宅の出入り口を見張るために借り上げられたセーフハウスである以上それは当たり前のことなのだけれど、自分が見張られる事情が基本的に自分のせいではないとしているごくフツーの女子高生はがりがりと頭をかき、何も面白いものの無さそうな室内をとっとと見限って、時間潰しに手持ちの教材で宿題でも済ますかと学生鞄を開ける。
 外側はともかく中味はおおむね無事ではあったが、妙にざらついた感触と共に手に取ったノートの表面に薄く黒っぽい筋がついて、げっとかなめは顔をしかめた。
 泥かあるいは砂か。それらを借り物のタオルで拭きかけたかなめはじっとりしたポケットから自前のハンカチを取り出して手とノートを拭き、ついでに中のものも引っぱり出す。
「…あーあ」
 絆創膏やティッシュや飴は捨てるしか無いだろう。リップは大丈夫。大人向けなデザインのブランド腕時計は生活防水仕様だが、いちおう水気をぬぐっておいた。
 防衛色のタオルのおかげで髪から水が滴ることもなくなってきたので、かなめは床に広げた教科書とノートを開く。何か四角い機械の乗った窓際の会議机の他に意外にきちんとしたリビングセットもあったけれど、立ち上がるのもおっくうで、何より濡れたまま椅子に座ってシミをこさえるのがうっとおしかった。 
 あんたのせいでこうなったんだからね、ともし文句を言ったとしても、もしかしたらソースケが自分をかばって濡れ鼠とか二人揃ってびっちょびちょとか、そっちの方がありえたし、ぶっちゃけソースケはそういうこと気にしない気がするし。男なのもあるけど。
 そもそも原因が彼にない以上それはただの八つ当たりで、彼がいないときにこうなっていたら自分はひとりで途方にくれるしか無かったことを思うと、工事の始末がつくまで時間がたつのをやり過ごすのが、一番穏便でマトモなやりかたなんだろう。
 大人だったらこういう時どうするんだろう。管理会社の人に車で待たせてもらうんだろうか。
 これがハリウッド映画なら、たいがい相手が大金持ちでクリーニング代も着替えのドレスも下着も、待ってる間のホテル代や喫茶店代なんかもぜんぶあっち持ちだなんてご都合な展開なのかもしれないけど、現実のニッポンで工務店の人に高校生がそこまではさせられないし、そもそも交渉するどころか見たいテレビを優先して、とっととその場を外してしまったのは自分の方なわけで。
 クリーニング代出してくれるって言われただけありがたいんだろうな、いくら回りが見えなかったにしろ自分たちがあんなとこにいなきゃよかったわけだから。これで風邪なんかひいたら、薬代をもらえるかどうかはぎりぎりなんじゃないだろうか。
 それにしてもソースケのせいじゃない災難なんて、ひさしぶりかも。
 頬に貼り付いた生乾きの髪を肌からはがすように払いのけると、じゃりっとした手応えがあった。
 水道「工事」なんだから、水以外にも色々混じってたんだろうと思い当たって、下水じゃなかったっぽいだけマシかときつく眉をしかめた彼女の視界を横切るように、何か暗い色の布の固まりが教科書の横に置かれた。
「これに着替えろ、千鳥。浴室は玄関脇にある、湯はすぐに出るはずだ」
 驚いて見やった先、彼はすでに自分の宿題に取りかかるべく着席するところだった。
「あ、ありがと…」
 うむ、と仏頂面でうなずく彼の仕草にどういうわけか落ち着かない気分になりながら几帳面に畳まれた衣類を広げてみれば、フリーサイズらしいTシャツと緑系統の迷彩服の上下で、濡れた制服よりマシというレベルのものではあったけれど、思いがけずくすぐったいようなあったかい気分になった。
「じゃ、お言葉に甘えて、お風呂場ちょっと借りるわよ」
「了解」
 自宅とは比べものにならないほど狭い脱衣所とバスルームで湯を浴びる程度でもずいぶん気分が落ち着いて、かなめは知らぬうちに心がささくれ立っていたことに気付く。
 彼氏彼女の間柄でもない一人暮らしのクラスメート男子の家で風呂を借りるなど、高校二年の女子としてはそうとう逸脱しているようにも思えるし、彼はこういったことに対して妙にハードルが低いような気もする。
 それでいて優遇もされているような気分になるのは自意識過剰というものだろう、と振り払うように頭をふって小さなタオルで体を拭き、かぶった衣類から自分でないものの匂いを嗅いだとたん、彼の手際の良さの原因に、ああそうか、と気付いてしまった。
 あの時、テッサにもこうしてあげてたんだろうな。
 お互いがんばりましょう、なんてフェアプレー精神を発揮されたところで、フェアなつもりなのはあの子だけだろう。
 ソースケからの扱いにクラスメイト男子と「女の子」ってくらい差がある上にあの顔と体格でおまけに同じ部隊の仲間だなんて、こっちがそのつもりでなくてもイヤミだっつーの。
 あの子に悪気は無いんだろうし基本的にいい子だけど、なんであそこまで突っかかってくるんだか。よっぽど大差で勝たないと勝った気にならない、だとか?自分の納得いくまでサヤ当てに付き合えってか、バカバカしい。
 大体、たまたま宗介があれだけ鈍いから確定してないっぽいだけで、日本で一般的に風呂の貸し借りをする異性なんて、告白してようがしてなかろうが「付き合ってる」の中に入るんじゃないか。そのつもりがないのは当人たちだけ、なんてバカバカしい状態なのかもしれないけど。
 まあ、この状況だけに限れば、自分だってそう見られててもおかしくないのかもだけれど、たかが水濡れをどうにかして着替えを貸すのにハリウッドセレブじゃない庶民はわざわざホテルを借りたりしない、って程度の話で。
 テッサだって、目の前で困ってる女の子を見捨てるような相手なら、彼氏であったとしても尊敬できないだろうし、…自分だってそうだろうし、それでヤキモキするしないはまた別の話だし。
 あの子なら「サガラさんのおうちでシャワー借りちゃいましたー」なんてあたしにもいちいち言ってきそうだけど、そういうことはあたしには無理だ。相手がクラスメートだなんてもってのほかで、テッサにも、たぶん、言えない。
 こうしてソースケにお風呂を貸してもらえるのはありがたいにせよ、棚ぼたみたいに喜べない辺りで、もうめいっぱい差を付けられてる気がする。
 ソースケとどうこう、というより「女の子」として。…男子だろうが先生だろうが誰に手を借りたとしても、あたしにはこういうことでかまわれるのって、あんまり自慢することじゃない。むしろ、あまり吹聴されたくない話だし。
 湯気で曇った四角く小さな洗面鏡を指先でこすると、水滴の流れ落ちる鏡面のなか薄暗い照明にぼんやりとした人影が映る。大人びた冷たい顔立ちには、妹のような愛嬌も銀髪の妖精のような可憐さも見当たらない。
 我ながら「かわいくない」。
 あたしが男なら、絶対テッサを選ぶ。
 その差は、顔じゃなくて、…態度でさえなくて。
 若さと見た目でモテるのなんかほんの一瞬だっつーの、だいたいそれが全部なら可愛いおばあちゃんとか色っぽいおばさんとか、この世にいるわけない。
 自分だってチャラい金持ちイケメンに幻滅した以上、なんかそーいうんじゃないよねーとは思ってたけど、決定的にわかってしまった。
 テッサとかソースケとか、クルツくんやマオさんも、一緒にいるときはあたしに見せるのとは違う顔をしていて、いっそブサイクだったとしても「かっこいい」んだろう。
「うっわ、似合わねー」
 無理に笑って毒づくも母親によく似た面差しは疲れたオネーサンにしか見えなくて、鏡から目を逸らしたかなめは、軍服のごわついた分厚い生地が目立って欲しくない体の凹凸をうまく隠すのを確かめたのち、びしょ濡れで着けようのないブラジャーを脱いだ服の奥にくるみこんだ。
 下は一度湯でゆすいだあと固く絞って何度もタオルに挟んではみたけれど、乾かしたとは言いがたい肌触りで、布のかたちが表に染み出て来ないか気になってしまう。
 た、体温で乾くって!と自分に言い訳してみても、ビミョーな肌触りにイヤな予感が増すだけだ。
 あの時、テッサに着替え貸してあげればよかった。きっと下着の替えなんか無かっただろうし、サイズはともかく探せば少しはマシなものがあっただろうに。状況としてお茶は入れられたんだから、ぜったいムリってことは、なかったはず。
 柄にもなく女の子扱いされたくてお重なんて張りきったぶん悲しくはあったし、みじめだともいたたまれないとも思ったけど、女の子として困ってるテッサに、知らなかったとはいえ意地悪をしなきゃいけない道理はなかったし。
 なんでそういうとこ、気付かないかなあ、あたし。
 キョーコとかシオリだったら気が付きそうなのに、肝腎なとこががさつっていうか。
 まあいちおう、ちょっと前に学習したのかもしんないにしろ。このあたしが、よもやソースケに気配りで負けるなんて!とわざとらしく落ち込んで落ち込みきらないようにおどけて見せるも、肌の間近からただよう匂いはまっさらな布の匂いではないのが、よけいに胸の奥にこたえる。
 いっそソースケとテッサが、はた目にも当人同士にもわかりやすくラブラブだったら、シオリと彼氏のことみたいに気持ちよく祝福できるんだろう。
 …たぶん。
 
 浴室から出てきたかなめからは、セーフハウスにはない甘い香料のような匂いがする。普段はかすかなはずのそれがこうも強いのは、二人きりでいるせいというより、彼女の体温が上がっているからなのだろう。
 …気を抜くと、めまいがしそうだ。
 同年代の上官の立てる物音に落ち着かない思いをした経験から、できるだけ大きな音の出るような雑用を選んで掃除機をかけたり洗い物をしたりしていた宗介は、正体のわからない敗北感のようなものを感じつつも、視線でかなめの背を追った。
 薄い湯気と混じり合う、硝煙とも死臭とも油の焦げる臭いとも遠すぎる香りが目に見えない障壁のように彼女の全身を覆っているのは、今回に限った事ではない。
 肌がふれ合うどころか打撲傷のできそうな勢いでの接触も何度もしている。そんな衝撃でさえも破れることのない何かが自分と彼女の間にはあって、肺の奥深くにまで吸い込んでも何の危険も無さそうなこの香りこそがその正体であるかのような、この無害きわまりないものこそが最も自分を危険に対応できないほど変質させるもののように感じられて、彼は細く長く息を吐くと、勝機のうすい状況に置かれたときに似た身体反応を通常運転に向けて整えた。
 テスタロッサ大佐が自分の部屋でしていたことや要求されたことを参考に行動してみたものの、緊急時の手助けとしてこれでよかったのだろうかと目の端でかなめを追えば、何となく頬の色が悪いように感じられる。
 湯で温まったはずではないのか、となおも注視するうちに、腰の辺りにタオルを巻いているのが目についた。
「具合でも悪いのか」と尋ねたら「大丈夫、もうすぐ帰るから」とそっけない声が返ってきて、釈然としないながらもいったん引き下がった宗介は、後ほど様子を見てまた声をかけることにすべく向かいの建物を伺うも、状況の進展ははかばかしく無さそうに思えた。
 うー、きもちわるい。
 窓の外を見やる宗介と同じ方向を見おろしても、まだ作業服の数名が工具箱を脇に置いたまま作業していて、帰る様子もない。
 濡れた下着は案の定、体温で乾くどころかじわじわと冷えてくるだけで。
 限界までがまんしたかなめは宗介をちらりと見て、意を決した。
 …さすがに下着は借りられないにしても。
 コイツなら怪しまれはするかもにしろ、そこまで深く突っ込まれずにごまかせるだろう。よし。
「えーとごめんソースケ。悪いんだけどもう一枚ズボン貸して。はき替えたいの」
「了解」
 理由を聞くこともない彼の態度に、かなめは心底ホっとする。
「じゃ、これも洗って返すから、しばらく借りとくわね」
「うむ」
 着替えを終えて戻ってきた彼女がさりげなくかつ素早くしまい込んだズボンを見た宗介は、思ったまんまを口に出した。
「千鳥。もしや下着が濡れているのではないか。染みがあるぞ」
 あ、あああああああああ、もー!!
 どーしてコイツこういう時だけ、と耳まで真っ赤になった少女は、きっ、と朴念仁をにらみ付ける。
 涙目のオンナノコのメンツになどさっぱり気付かないまま、少年傭兵は極めて現実的かつ親切な解決策を提案した。 
「何か替えになるものがあれば貸すぞ。必要か?」
 あんまり堂々と胸を張られてしまって、怒鳴ろうとしていたかなめの勢いがしぼむ。
 彼当人がここまでそれについてどうとも思わないのなら抵抗しても意味がないというか、確かに水気がなくなるまで何枚もズボンを借りるよりいいし、何より冷えが限界にきてしまいこれ以上は違う方面でみっともない不具合を起こしそうで、とうとう彼女はとてもじゃないが通常ならクラスメート男子には頼まないような類の頼み事を口にした。
「ぱ、ぱんつ、……かしてほしいんだけど」
 大きい声を出そうとしたのが途中から消え入りそうになって頬が熱いのも呪わしかったが、彼女はさらに勇気を奮い起こす。
「でっできれば新しいやつ、ない?今度買って返すし、なかったら、が、がまんするから!」
 がまんの方向を「この状況で耐える」に対してなのか「未使用ではないもの」に対してなのかを定めず口に出してしまったことに後から気付いてかなめはいたたまれなくなるが、どちらにしたものかもう自分でもわからなかった。
「問題ない。ちょうど先日購入したものがある、しばし待て」
 かたく目をつぶって小さい子供みたいにわめいた後、うつむいてもじもじと頬を染めているかなめに向かって力強くうなずいた宗介は、衣装入れの段ボールから薄いビニールに包まれた新品の男性用下着を取り出す。
 これもまたタオルと同じく濃いオリーブグリーンであったが、今度はかなめは特に感想を述べることなく受け取って「何度もごめん、お風呂場借りるね」と逃げるように立ち去った。
 鏡に映る自分を避けるべくうつむいて包装を破き、手に取った伸縮性のある生地の手ざわりを否応なく感じつつも、彼女は本来あるべき持ち主の性別に合わせたデザインに対して心の底から無視を決め込む。 
 …生地の薄いジーンズをじか履きしたらこんな感じ、なのかな。
 ううう、と落ち着かないながらも乾いた布地がそれだけで暖かいことを実感して、かなめはへたり込みそうになる。
 これ洗濯しても返せないし、うちに帰ったら捨てるしかないか。取っといてもどうしようもないし、生地のせいでそんなすぐにズレたりしなさそうだけど、どう見ても…男ものだし。
 ソースケにも口止めしなきゃだよね…借りといてなんだけど、悪気がないぶん、ぽろっと人前で言いそうだし。口数少ないくせに地雷はばっちり踏むんだから。 

 浴室から出てきたかなめは、あまりサイズが合っているとは言えない服装が動きづらいのか、常のような活発さを見せずテレビの前に座り込んで宿題の続きをしている。
 彼女の役に立てたことに対し高揚に似た深い満足感を覚えつつも、この得がたい機会に他に自分に出来ることはないか、と彼女を観察しているうちにぶかぶかした服の奥が白くのぞいて見え、宗介は理解できない罪悪感に駆られて即座に視線を外して他の箇所に目を戻すが、小さな爪先からも手の先からも同じ印象がぬぐえない。
 濡れたせいで常よりつややかに光る黒髪がいくぶん重たげに細い背や肩ににかかっていて、いつもは気の強い彼女が頼りなげに見えるのを疲労のせいだろうと思い直すも、それだけではない気がして目が離せなかった。
 こっそりと手の平の中にしまい込んで見守るような、自分しか知らない場所に儚い花の咲いているような。
 得体の知れない疼きと熱が胸にこもるが、あまり長く抱えていていいものではない不正なもののように感じて、彼は襟元に指を入れてゆるめ、かなめに気付かれぬよう細く長く息を吐く。
 彼女といると、たまにこんなふうに困惑に似た落ち着かない気分になる。
 護衛という任務にはむしろ邪魔ではあるけれど、けなされたり嫌われたりする痛みとはまた別で、…悪い気分ではないようにも思えるが、どこか邪さにつながってしまいそうな気配をも感じ、あえてその感触を断ち切るために腰を上げた宗介は少ない荷物の中から予備の毛布を引っぱり出した。
「千鳥。体温が低下すると消耗するぞ、これを使え。想定より長期戦になるかもしれん」
「へ?あ…うん」
 うむ、と肯いて台所方面に向かう彼に、確かに冷えるかも、と暗い色の毛布にくるまりながらかなめが尋ねた。
「あんた、宿題は?」
「今からやる」 
「もー、早くすませなさいよ、このノート貸してあげるから」
「いつもすまん」
 湯気の立つカップを二つ手にもって戻ってきた宗介は、濃く暗い色の中で手足の先と顔だけが白いかなめに、迷彩用の塗料がなければさぞ目立ってしまうだろうと内心顔をしかめる。今はその必要はないにしろ、そうしなければならない状況も迎えうる以上、今後の用心はしておくべきだろう。
「…何よ、人の顔じろじろ見て」
 毛布による体温保持が効いたのか、薄く頬を染めてむくれるかなめはいつも通り元気なようで、動揺か安堵か自分でもわからない揺れを顔に出さぬよう彼はむっつりとカップを突き出し手渡してやった。
「またコーヒー?」
 不満そうな言葉とうらはらにどこか笑っているような表情の少女に落ち着かない気分になって、宗介は糧食の放り込んである段ボールを目で探す。
「塩分を摂取したいのなら備蓄があるが」
 すました顔で頬にかかる髪を耳の後ろにかけ、コーヒーをすするかなめを注意深く横目で見やると、特にそれ以上の文句はないらしい。
「これ、けっこう甘いよね」
「こういった作業の際の糖分の補給は重要だからな」
 他愛ない言葉を交わしていると二人で野営でもしているかのような気分がして、悪くない、と強く感じると同時にそれについて何故か浮かんだ不謹慎さを払拭しようと咳払いしたソースケに、かなめが世間話のような調子で尋ねる。
「この前、テッサにもコーヒー入れてあげたの?」 
「肯定だ」
 即答したものの、ただよう空気が今までの親密さに取って代わってうそ寒くなったように思えた宗介は、テレサ・テスタロッサ大佐が本当に自分の上官だということは既に彼女も知っている事実であって事情も説明したはずだ、と誰にともなく脳内で言い訳する。
「いい子よね、彼女」
「そうだな。信用できる人物だ。君にもよろしく伝えてくれと何度も言っていた」
「ふーん、そう。ほかに何か言ってた?」
「いや、それだけだ」
 階級上、彼女とはあまり会話する機会がない、という事実を伝えると何かかなめの期待に応えられない下っ端だと強く認識されてしまうだろうことが予想できて、言おうか言うまいか選択しきれないでいるうちに適当につけたテレビの音にまぎれて「…あの時さ」と言いかけた彼女は、宗介には聞こえなかったと思ったのか口を閉じる。
 何を聞くつもりだったのかと、何故か尋ね返せなかった。
 膝を抱え虚像に熱心に見入るかなめの横顔に青い光が反射して、まるで独りでいるようなその表情に、胸がずきりと痛んで抑えようもない。
 大っ嫌いと言われた時と同じ痛みを、何も言われていない今、どうして感じてしまうのか。
 自分が側にいるのに自分の方を向くこともない彼女に「あれは君の方など見向きもしない、そもそもただの明滅しているだけの電気信号だ」と弁明したくてたまらなくなる。
 なのに自分はあれらよりつまらない。そう思われていても仕方がない。
 君を楽しませる術など持ってはいない、たかが水しぶきからさえ守ってやることも出来ない。こちら側の世界に限らず、共通の顔見知りの相手が上官というだけで間をうまく取り持つことさえも。
 ふり向かない細い背中に得体の知れない焦りがあふれて何か言おうとしたけれど言葉にならず、口を開きかけて閉じた彼は再び息を吸い込もうとした。
「え?なに?」 
 ふいに彼を見た彼女を取り巻くように、音が切り替わったのかCMがけたたましく鳴り響く。
「いや。何でもない」
「?」 
 画面に視線を戻した彼女の傍ら、宗介は目をしばたたいた。
 先ほど自分は、千鳥かなめに何も話しかけてはいなかった、はずだ。
 それとも、自分は何か彼女に言っていたのだろうか。
 そう確かめたかったが、彼女が熱心にテレビを見ている最中に余り話しかけると怒られることは経験済みの上、自分の信用にかかわるほどおかしな話でもある。身体のコントロールを失うことのある護衛など安全装置のない火器のようなもの、自分のようなプロならともかく素人の彼女にとって不安材料以外の何ものでもあるまい。 
 彼女が振り向いた瞬間の心臓の音は今も頭蓋の中で反響していて、テレビの内容がますます理解できない。かなめの動く気配をうかがうとほっそりした腕が無遠慮なほど白く伸び上がっていた。
「あー、見た見た」 
 時々面白くはあったけれど、内容はほとんど頭に入らなかったことを悟られないように、かなめはわざとらしく伸びをする。クソ真面目な仏頂面が真横でテレビを見つめているだけで、こんなに気が散るものだとは思わなかった。
 少しは話しかけてくればいいのに。
 ソースケは少し元気がないみたいに見えるけど、気のせいか、もしかしたらこの部屋の照明のせいかもしれない。
 充分に明るくはあるけれど、間に合わせか事務所みたいな色の光のもと、一人の時の彼は何を思っているのだろう。自宅の食堂で見る彼とはやはり違う顔なのか。
「っかー、もうこんな時間?お腹すいたあ。ソースケは?」
 む、と時計を見て立ち上がり窓の外を注意深く見下ろす宗介のわきをすかす様に自宅のある階を見やれば、すでに日は暮れきっているというのに作業員はせわしなく作業中で、何人かに囲まれて頭を下げている作業着のおじさんもいた。思ったより大工事になってしまったらしい。
「あっちゃー、今日は晩ごはんうちで作るのムリみたいね」
 まあいっか、もうおっくうだし。と近所の出前を取るかスーパーで弁当を買うか家計と照らし合わせて考え込むかなめに宗介は「食糧ならば十分あるぞ」と黒っぽいビニールパックを何種類か段ボールから引っぱり出して見せた。
「このまま食べられるが、加温することも可能だ。どれがいい」
「う、えええ何これ非常食?…なんかおすすめある?」
「うむ、これなどどうだ。量も栄養価も申し分ないぞ。一週間分入っている」
「そんなに食べられないわよ」
「そうか?ならばこれを」
 それが戦場育ちの元アフガンゲリラの少年にとっての最上級のもてなしであることなど思いもよらないかなめは、おっかなびっくりと好奇心半々で英文で記されたパッケージを選んでの裏の説明を読み、缶のフタをはがして電子レンジで温める。
「あちちち、っと。あ、ソースケのもあっためる?」
「む、うむ。頼む」
 かなめは、何か固い仕草でうなずいた彼のぶんもレンジに放り込んでやる。
 腰に手を当てたまま「ひとの分を先によそいなさい」とお母さんには言われてたのに自分のを先にすませちゃったなあ、と息を吐いた彼女の背後、何も変わりのないように見えて付き合いの長い同僚がその様子を見れば驚くほど身にまとう気配を上下方向に変化させながらも、宗介はテーブルの上を片づけてペットボトルの水を二本置いた。
「はい。熱いから気をつけてよ」
「了解」
 いただきます、と手を合わせて先割れスプーンを四角く平たい缶に突っ込んでどろどろしたものをすくい上げ、おそるおそる口に運んだかなめは、その何とも言えない風味に苦笑した。
「うはー、変な味」
「そうか?これは美味い部類に入るのだが」
 同じものを特に何のリアクションもなく口に運ぶ宗介に、ご馳走になっといて酷い言いざまだと思ったけれど、かなめは料理の批評を続けてしまう。
「なんだろこれ、グラタンじゃないしマヨネーズじゃないし、ええ~?」
「ヌードルだろう、そう書いてあるぞ。…他は見当がつかんが」
「ヌードルぅ?原型なくなってない?てか他の材料なんなの、これ」
 あらかた食べ終えた宗介が沈黙したまま水を飲んでいるのを見て、何となく彼の気配がしおたれているように感じられたかなめは、あわてて言い足した。
「こ、今度あたしがもっと美味しいもの作ってあげるわよ」 
「そうか」
「あー、お礼っていうか、ほら。迷惑かけちゃったし、その」
 あんたが好きかどうかわかんないけどさ。
 うつむき気味にぼそぼそ呟くかなめの言葉と表情に胸の奥が妙に縮こまって熱くなり、宗介は咳払いして彼女の言うところの変な味の料理の最後のひとすくいをかき込む。味はいつもと変わらないのに、妙に満たされた気分になった。
「…君の作るものは何でも美味いぞ」
「そ、そりゃー普段こんなのばっか食べてたら、何でも美味しいわよね」
 かなめの憎まれ口をそうとは知らずに間に受けて、そういう意味ではない、と言いたかったがうまく言えない気がして宗介は口をつぐむ。沈黙にきまり悪げにトレーの中身をつつくかなめは、それでも残さず口に運んでいた。
 食事に不自由しているわけでもない彼女が、文句は言っても手を付けた食事を残さないことが、何となく好ましい。
 前線では足りないなどと文句を言っていても物資の豊富な基地に戻ればメニューが気に入らないと即座に残飯扱いにして、ひどいときには腹いせにそこらにブチまけるような連中とも組んだことは幾度もあるが、そんな連中との作戦に限って楽に成功したためしがない。それを思えば、彼女と組んだ方が常に勝ち目のありそうな、何か他に腑に落ちるような心持ちになる。
「何よ、じろじろ見て。ごちそうさまでした!ほら片づけるから、そっちのトレイも寄こしなさい」
「うむ、頼む」
 あまり中味のたまっていないゴミ袋にてきぱき振り分けたかなめは、荷物をまとめて窓の外を見る。どうやら工事は終わっていたようで、さすがにここに泊まるなんてムリだしね、と胸を撫で下ろして振り返ると、宗介がほぼ真後ろに無言で立っていた。
「こ、工事、終わったみたい」 
「そうか」
 淡々と答えられて、かなめはそっぽを向きながら髪で熱くなった耳を隠す。泊まらないにしても、充分知られたら恥ずかしいことはしてしまっている。やましくはないけれど、バレたらいたたまれない思いはするに違いない。
「こ、このこと学校のみんなには言わないでよ?」
「わかった。約束しよう」
「絶対だからね」
「ああ」
 ことさらに匿秘するようなことはないが、何故か彼女と任務以外の秘密を共有するということに心がはずんで、彼は深くうなずいた。
 目に見えて元気になった宗介に、さっきはおなか空いてたのかな、と納得したかなめは生乾きのスニーカーに足をつっこむ。靴と合わない以上にサマにならないお揃いの格好が気恥ずかしくて、家までの見送りを断ったけれど案の定「危険だ」と言い張られ、わざとらしくため息をついてやっても通じないのもいつも通り、すでに他の人は帰宅済みらしく人気のない廊下にもほっとした。
「外、真っ暗だね」
「夜襲には少々明るすぎる。だが、君が一人で出歩くのに安全というほどではない」
「へーへー、そーでしょうとも」
 機嫌を損ねられることも覚悟で説得したかなめは「はいはい」とため息をつきはしたがその後の反論はなく、自分と肩を並べて集合住宅にしては立派な廊下を歩いている。
 同じ部隊に所属しているかのような姿に頼もしさと連帯感を感じもするが、彼女にはやはり、学校の制服の方が似合うと強く想った。
 いま属する組織の掲げた紋章のごとく、盾と剣でもって守るべきひと。
 上官は雲の上の存在とはいえ、それでも自分と同じ世界の住民だけれど、彼女はもっともっと遠くの、乾いて明るい青空こそ似合う学舎にいてほしい。 
「今日はありがと、助かったわ」
「役に立てて何よりだ」
「じゃ、またあした。おやすみなさい」   
「ああ、おやすみ」
 そっけなく閉められたドアに背を向けて、不審がられないよう素早く立ち去る。体の内側が暖かくて身は軽かったが、セーフハウスに帰り着くと何故かため息が漏れた。
 このまま、あの扉の内側にとどまれたなら、彼女を扉の内にとどめておけたら。
 薄い布を重ねるようにつのってゆく想いをどうすることも出来ず、今日のできごとを事細かに振り返って次回の反省点を洗い出した彼は、次に備えて女性隊員向けの下着も用意しておくべきだろうかと腕組みをして検討するも答えが出ず、夜明け間際に最低限の睡眠をとって学校に出席した。
 電車内で再会した彼女は常と変わった気配もなく、校内でポカをやらかす彼をハリセンその他でしばき倒す鬼の生徒会副会長兼学級委員であって、相良宗介は何か取りこぼしたような落ち着いたような気分になった。
 数日後メリダ島に呼び戻された彼に対しても「もう、また?」以外特にコメントもなく、身の回りに気をつけ外出は避けるよう言い置くのも、到着後に妙にニヤニヤしたクルツとマオが顔を見せるのもいつものことで。
「カナメとの仲、少しは進展したの?」
「仲?」
「ま、朴念仁のお前がカナメちゃんとどうかなるなんてこたー、天地がひっくり返ってもそうそうねーよな?」
「まあそう言いなさんなよ、社交辞令なんだしこっちも。で、どーなの」
 常ならば回りくどく解りにくい愚痴が漏れることの多いサガラ軍曹は、珍しくどこか得意げに返答した。
「信頼関係の醸成について、という意味でなら多少はな」
「あ、仲良くやってんだ、よかったじゃーん」
「あーつまんね。何、クラスの子とどっか遊びに行ったのか?」
「いや、そうではない」
 一瞬考えたのち、この二人は「学校のみんな」には相当しないとして、学生傭兵は事実のみ簡潔にまとめて時系列順に説明してやる。
「…で、その下着はどうなったんだ?」
「弁当を数日作ってもらった」
「タオルは?」
「タオルは次の日に洗濯して返却してくれた」
「んで、下着は」
「下着ぶんは相応分の食糧での代替でかまわないかとの話だったので、了承した。ただし生徒会室で食事をすることが条件だったが、どちらの条件にも支障は特になかったぞ」
「そんだけ?」
「ああ。何か不明な点があるのか?」
 宗介は当初「どうだすごいだろう」とばかりに胸を張っていたが、一部始終を聞いていたお兄さんお姉さんたちがあまりにも長いこと頭を抱え込んだり椅子の背にもたれかかって魂の抜けたがごとき仕草のままでいるので、だんだん拙いことを言ってしまった気がしてきた。
 学校の皆には確かに言っていない、のだが、この事を彼女が知ったら、ひょっとしてとてつもなく厄介なことになりはしまいか。
 脂汗をだらだら流す朴念仁を前に脱力の体を立て直すこともなく、クルツとマオはげんなりとぼやく。
「そこ、そのまま帰すかー…」
「いや、もう何てーか…もったいないことしたなあ、お前」
「もったいない?何がだ?」
「まあ嬉し恥ずかしハイスクールライフってやつ?」
「ハイスクールつうより小学校レベルじゃね?いやもっと前か」
「幼稚園からやり直せってか」
「つーか本気で幼稚園児どうしなら、ぱんつ洗ってそのまんま返すだろうけどなー?」
「あー、そっか…あんたがんばりなさいよマジで。いやもうほんとに」
 彼の人生には本来あり得なかった季節を過ごしていることを素直に祝福すべきか、年齢にそぐわぬキヨラカさを嘆くべきか呻く年長者を前に、何が失態だったかを検討するも検討すべき方向が見いだせず、少年傭兵は肩を落として深くため息をついた。


ふり向いて、ちゃんと見てみなさい!

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